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ふうりゅう

風流

坂口 安吾

「新潮 第四八巻第十三号」1951(昭和26)年12月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,419 字 · 19 页

青空文庫

先般、宝塚で「虞美人」を見たら、ホンモノの馬と象が舞台に登場した。変哲もないことだ。実に当然なことでもある。それを使用しても面倒のいらぬ条件ができたから使用しているだけのことであろう。それは理窟ぬきのもので、それを使用するための美学などを要しない問題である。

ところがそれを(馬と象には限らない。すべて過去には制約せられたモロモロのものを)昔の型通りに今も使用しない歌舞伎とか日本の古典芸術というものは、それを使用しないことについて一と理窟や美論がつくから、暗く、ねじくれて難解である。

美や芸を味うことは「考え落ち」のように判じて然る後に理解しなければならないような面倒のいらないものだ。美や芸の裏側には美論や伝統や長年月の修業があるのは当り前のことだ。それは美を表現したり演じたりする当人だけの内輪のことで、それを見物人に押しつける性質のものではないし、それらの助力があってようやく理解せしめうる美も芸もある筈がない。

むしろ何物の助力もなく、理窟ぬきで人に訴え、感動を与えるために、美についての長い思索や苦しい修業があるのだろう。内輪の苦労が表面に重々しげにぶらさがっている美や芸はないのである。