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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

「よし。わかった」

ひろ子は、重吉がかけている深い古い肱かけ椅子の足許に足台をひきよせてその上にかけ、鼠がかじった米袋の穴をつくろっていた。小切れを当てて上から縫っている手許を見おろしていた重吉が、

「つぎは、裏からあてるもんだよ」

と云った。いかにも、それだけは確実だ、という云いかたで、ひろ子は思わず笑い出した。

「どうしてそんなこと知っていらっしゃるの」

「和裁工だったんだぜ。ひろ子といえども、裁縫で五円八十銭稼いだことはなかろう」

重吉は、

「僕がやってやろう、見ていてごらん、うまいんだから」

袋をとって、ひっくりかえして、内側からつぎきれを当てて、縫い出した。つかみ針で、左手の拇指と人さし指のはらでおさえた布の方へ針をぶつけてゆくようなぎごちない手つきで、しかし一針一針と縫ってゆく。はじめ笑って見ていた口元がかすかに震えて来て、ひろ子は深く唇をかんだ。口許を力ませるような表情で、濃い睫毛を伏せ、針を運んでいる重吉のうしろに、ひろ子はまざまざと牢獄の高い小さい窓を見た。そこに鉄格子がはまっていて、雲しか見えず、オホーツク海をわたって吹く風の音しかきこえない高窓を見た。