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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

もし余りよくなかったとき、いきなりその場でひろ子までを切なくさせたくない。ひとりでにその不安から重吉はことわるのだろう。

「じゃ、ここで待っているわ、どうぞごゆっくり」

小柄な吉岡が、白い診察着の裾をひらひらさせ、スリッパアをならして長い廊下を出て行った。早でまわしに上着をぬいでいた重吉が、いくらか靴を曳き気味に、大きい、ゆっくりした歩調でそのわきを行く。

ひろ子は、研究所の長廊下を段々遠ざかってゆく重吉の後をドアの前に佇んで永いこと見送っていた。

重吉の、あの歩きつき。一歩一歩とゆっくり大きく、いくらか体を左右にゆする歩きつき。肩がゆすれるのは重吉だけの癖であった。けれども、ああいう足の運びかた、それはすべての独居囚がもっている歩きつきと云えた。日ごろ、足元の軽いひろ子でさえ、編笠をかぶり、編笠の内側に出ている編めのジャカ、ジャカに髪の根を気持わるくひきつられながら、女看守につきそわれて歩いたときは、やっぱりああいう工合に、のろく、重く、一歩一歩と歩いた。編笠が視線を遮って、うるさく陰気だからばかりではない。彼等がそういう歩きつきになるのは出来るだけ長く監房の外に出ている時間をもちたいという、我知らぬ渇望からであった。