轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しょくよく

食慾

豊島 与志雄

「中央公論」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,672 字 · 20 页

青空文庫

気がついてみると、木村さんも私の側に佇んでいました。そして二人で、無言のうちに、私の家の方へ歩き出しました。すぐ近くですが、真暗な木立の中の坂道です。木村さんは私を送ってきてくれるのだ、そして木村さんの旅館の戸は夜通し開いてる、そんなことが分っていました。木村さんの片手の懐中電燈の光が、ちらちらと足もとだけをてらします……。

十二時頃は、山の中では、もう真夜中です。生きてるものの気配もなく、しいんと静まり返っています。木村さんは首垂れて、妙にしょんぼりとした姿で、力のない歩み方でした。ふと何か……気になって、私は立止って、木村さんの顔を見ました。暗くて何にも分らず、声だけが聞えました。「どうしたのか、私は……あの、噴火口で死ぬ人たちのことを、考えていたものですから……。」私はぞっとしました。「私も……。」と云いかけて、そして何に堪えられなかったのか、よろけるようになって、あの人の肩にすがりつきました。近々と、薄い闇を通して、あの人の、美しい澄みきった眼が見えました。その時、ふいに、懐中電燈の光が消えて、あとに残ったのは、三十男の独身者の、でも少しも男臭くない、かすかな香水の匂いでした。