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もち

餅

岡本 かの子

「読売新聞」1933(昭和8)年1月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,154 字 · 3 页

青空文庫

餅を焼き乍ら夫はくくと笑った――何を笑って居らっしゃるの」台所で雑煮の汁をつくっていた妻は訊ねた。

知って居るところへは旅行をするから年末年始の礼を欠くという葉書を出してあるので客は一人も来ない。女中も七草前に親許へ正月をしに帰してやった。で、静かなこの家は夫妻二人きり。温室育ちの蘭が緋毛氈の上で匂っている。三日間の雑煮も二人で手分してつくっている。

夫は餅の位置を焼けたのと焼けないのと入れ替えてからこういった。

――あの秋に婚約が出来て、次の年の正月にはじめておまえの家へ年始に行ったときな。どうもおかしい、おれは生焼けの餅を食わされたんだ」

――あら、そんなお話はじめてよ、今まで一度も仰らなかったじゃないの」

妻は仕切りの障子を開けて白い顔を茶の間に出した。夫は和いだ顔を振向けた。

――たいした重大事件でもないから忘れてしまって居たさ。だが餅を焼くので思い出したのさ。おまえのあの時の雑煮はすっかりおまえがつくったというんじゃないのか、でも、おれが食って居る傍でおまえのママがそう説明したんだよ」

――そうなの、ママの説明のとおりなの。あの日ママがね、今日は慎一さんが来られるからおもてなしに出すものはみなおまえがするがいい。