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こうでん

香奠

豊島 与志雄

「時流」1925(大正14)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,989 字 · 46 页

青空文庫

その上私は毎日会社に勤めてるものですから、彼が来ても不在のことが多かったりして、ゆっくり話をする折がありませんでした。

母上

そういう風にして、二月三月四月とたって、五月半ばの或る暖い晩のことでした。彼は孟宗竹の鉢植を抱えて飛び込んで来ました。勿論孟宗竹と云っても、御地にあるような大きなものではなく、手首くらいのものですが、それが四五尺ずっと二本伸びて、上の方は程よく枯れ落ちて、その低い節から美事な枝葉が出てるのです。径一尺余りの鉢の中に植って、小さな筍が一つ出かかっています。

彼は片手と着物の裾とを泥だらけにしながら、善良な微笑を浮べて、片方の袖で額の汗を拭いました。

「下げて帰るつもりでしたが、余り重いものですから、一寸休まして下さい。」

洋食屋の広間に据えてもよいほどのその大きな重い鉢植を、彼が汗を流しながら下げて帰るということも、一寸面白かったのですが、第一彼が鉢植を買うなどということが、どうも私の腑に落ちませんでした。どう思ってそんなものを買ったのかと尋ねても、ただそこの夜店にあったからと答えるきりで、一人でにこにこしています。そして、孟宗竹の鉢植なんか東京には滅多にないとか、あの筍が今にずんずん伸びるだろうとか、大変愉快そうな空想に耽ってるのです。