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こうでん

香奠

豊島 与志雄

「時流」1925(大正14)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,989 字 · 46 页

青空文庫

所がいろいろ話してるうちに、困ったことが一つ出て来ました。

彼はさげて来たバスケットと、やがて駅から市内配達で届くという柳行李とに、衣服や書物や一通り身の廻りのものは揃ってるそうでしたが、夜具の用意は一枚もなかったのです。それから下宿についても何の当もなく、どうも初めから私の家へ落付くつもりだったらしいんです。

「先生の家じゃいけないんですか。」と平気でいるんです。

「だって君、この通り、家には二人も子供がいるし、君が落付いて勉強する室もないんですからね。」

「へえー、そうですか。」

別に驚いたようでもなくただ不思議がってるらしい彼の顔付を見て、私と妻とは笑い出しました。が次には、仕末に余った憂欝な気がしてきました。

「ほんとに田舎の人は、呑気なのか図々しいのか、訳が分りませんね。」と後で妻が私へ云いました。そして私も全くその通りに感じたのです。

母上

東京では近隣に対する感情が、田舎とは全く違います。田舎の村では、人々は父祖代々同じ屋敷に住んでいるし、家も家敷も大抵自分の所有であるし、一家族引連れてよそへ移住したりよそからやって来たりする者がなく、誰はどこ彼はどこと、昔から一定不変の安住地を持っていますので、隣近所はまるで親戚同様に懇意です。