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えきふにっき

駅夫日記

白柳 秀湖

「新小説」1907(明治40)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,989 字 · 69 页

青空文庫

ば大槻が千代子を誘惑したに相違ない。それにしても何と言うて言い寄ったろうか。

千代子が大槻のところへどこか診察してもらいに行って、この玄関に待ち合わしているところへ大槻が奥から出て来て物を言いかけたに違いない、「マアこっちへ来て画でも見ていらっしゃい」などと言う、大槻はいい男だし、それにあの才気で口を切られた日には、千代子でなくとも迷わない者はあるまい。

佳人と才子の恋というのはこれであろう、大槻が千代子を恋うるのが無理か、千代子が大槻を慕うのが無理か、たとえば絵そらごとに見るような二人の姿を引きくらべて見て私はさらに、「私が千代子を恋するのは無理ではないだろうか」と、われとわが心に尋ねて見たが、今まで私の思うたことのいつか恐ろしい嫉妬の邪道に踏み込んでいたのに気がつくと、私はもう堪えかねて繃帯の上から眼を蔽うて薬局の窓に俯伏した。

「藤岡さん、薬が出来ましたよ」と書生は薬を火燈口から差し出してくれたが、私の姿をあやぶんで、

「また痛みますか、どうしたんです?」と窮屈そうに覗きながら尋ねる。

「いいえ、どうも致しません」と私は簡単に応えて大槻の家の門を出たが、水道の掘割に沿うて、紫苑の花の咲きみだれた三田村の道を停車場の方にたどるのである。