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こうげんのたいよう
高原の太陽
岡本 かの子
「むらさき」1937(昭和12)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,558 字 · 17 页
「だいぶ永い間ご馳走になりましたから、それじゃお嬢さんに一度ご馳走のお礼返しをしましょう。――さあ、どこがいいかなあ………。藤の花の咲いているところへでもご案内しようかな」
久し振りで外出するかの女は嬉しかった。初夏の午前の陽は鮮かに冴えていても、肌に柔かかった。久しぶりに繃帯押えを外して外光に当てる視覚は、いくらか焦点をぼかして現実でもなく非現実でもない中間の世界を見出した。
白い砂と碧い池の上に太鼓橋が夢のように架っている。あちこちの松の立木が軽く緑を吹きつけたように浮いている。拍手の音がする。温い松脂の匂いがする。
「あんまりいい気持ちで眠たくなっちまう……」
ついかの女はそういって、あとからついてくる男の連れに向って、あまりはしたない言葉ではないかと気が咎めた。すると青年は顔を緊張させて
「あなたが始めて僕に本当の気持ちで打ち解けたことを仰った――ははは」
と痛快げに笑った。
社殿へ参詣して再び池の端へ戻ってから、青年は云った。
「この池に懸け出した藤棚の下の桟敷の赤い毛布の上で、鯉を見ながら葛餅を喰べるのが、ここへ来た記念なのですが、あまり人が混んでますから、別の所へ行きましょう」