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こうげん
高原
寺田 寅彦
「家庭」1935(昭和10)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,139 字 · 7 页
一段高い台の上で映画撮影をやっているのが見える。そこを通り抜けて停車場の方へと裏町を歩いていると家々からラジオが聞こえ、それが今聞いた市役所の庭の合唱そのままである。上田から長野へ電線で送られた唱歌が長野局から電波で放送され、それがエーテルを伝わってもとの上田の発源地へ帰って来ているのである。何でもない当り前の事であるが、ちょっと変な気のするものである。
あとで新聞を見たら、この地で七十年ぶりという珍しい獅子舞が演ぜられていたのである。それをちっとも知らないで、ただその見物の群集の背中だけ見物して帰った訳である。生え抜きの上田市民で丁度この日他行のためにこの祇園祭の珍しい行事に逢わなかった人もあるであろうから一生におそらくただ一度この町へ来合わせて丁度偶然この七十年目の行事に出くわした自分等はよほどな幸運に恵まれたものだと思っても別に不都合はない訳である。
上田の町を歩いている頃は高原の太陽が町のアスファルトに照り付けて、その余炎で町中はまるで蒸されるように暑く、いかにも夏祭りに相応しい天気であった。帰りの汽車が追分辺まで来ると急に濃霧が立籠めて来て、沓掛で汽車を下りるとふるえるほど寒かった。