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まぞう

魔像

林 不忘

新版大岡政談

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页

青空文庫

先生を採用に決する……なんてことはなかった。一度御書院番に召し出された以上、定刻に出仕して定刻に下城し、その間は、仕事をしているごとく見せかけて、要領よくブラブラしていさえすれア、大した失態のない限り、まずお役御免なんてことはない。徳川の世を万代不易と信じていたように、まことに悠々閑々たる時代だったもので――。

「誰か――そこにおるのは」

燭台の灯影で、つと大迫玄蕃は眉を寄せた。

おや! と思ったのだ。ミシ!――縁の廊下の端で、板が、さながら人の重みで鳴ったような気がしたのである。

から耳?

そうだろう。下僕をはじめ家人らは、先刻戸締りを済まして、今はもう銘々の部屋へ退ったあと。武家屋敷は夜が早い。今ごろ、この玄蕃の座敷の近くを、人の歩くはずはないのだ。

おれはすこし神経質になっているようだ――神経質なンて洒落た言葉は後世の発明だから、大迫玄蕃が知っている訳はないが、とにかく、そんなようなことを考えて、自ら嗤うもののごとくにつと白い歯を見せると、彼はそのまま、再び謡本へ眼をさらし出した。

端坐の膝を軽く叩いて、手拍子である。

――われはこのあたりにすむぎょふにてそうろう。