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まぞう
魔像
林 不忘
新版大岡政談
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页
その鼻っ先だ。
行燈が一つ、上り端に置いてあるだけで、そこらはうす暗い。その半暗を乱して、パッ、奥の廊下を渡って来た風のような人影がある。さア出た! というんで、往来をめざして逃げ出そうとするところへ、まるで猫のよう、あし音もなく追いついて来た人――というより、物の感じだ。その物が、玄関の前で、うしろから長庵を呼び止めた。
「下郎か」
「はい」長庵は、足をとめた。膝ががくついて、駈け出そうにも言うことをきかない。猛犬に踵を嗅がれる思い。あれだ。村井長庵、腋の下に汗をかいて、とにかく歩を控えた。が、ふり返るだけの勇気はない。真っ直ぐ向いて、前の暗黒へ答えた。「はい、下郎でございます」
「当屋敷の下郎か」
「いいえ、近処の部屋におります渡り者の折助でございます」
「しかとさようか」
真っくらで、おたがいに服装までは見えないのだ。
「相違ござりませぬ」
いやに硬くなって受け合った。と、その背後の物がニヤと笑ったようすで、
「手を出せ、貴様に好い物をとらせよう」
よい物と聞いて、貰うものなら何でもという長庵、くるり向き直って伺いを立てて見た。
「旦那様はどなたさまで――」