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すし
鮨
岡本 かの子
「文芸」1939(昭和14)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,272 字 · 26 页
後からも前からもぎりぎりに生活の現実に詰め寄られている、その間をぽっと外ずして気分を転換したい。
一つ一つ我ままがきいて、ちんまりした贅沢ができて、そして、ここへ来ている間は、くだらなくばかになれる。好みの程度に自分から裸になれたり、仮装したり出来る。たとえ、そこで、どんな安ちょくなことをしても云っても、誰も軽蔑するものがない。お互いに現実から隠れんぼうをしているような者同志の一種の親しさ、そして、かばい合うような懇な眼ざしで鮨をつまむ手つきや茶を呑む様子を視合ったりする。かとおもうとまたそれは人間というより木石の如く、はたの神経とはまったく無交渉な様子で黙々といくつかの鮨をつまんで、さっさと帰って行く客もある。
鮨というものの生む甲斐々々しいまめやかな雰囲気、そこへ人がいくら耽り込んでも、擾れるようなことはない。万事が手軽くこだわりなく行き過ぎて仕舞う。
福ずしへ来る客の常連は、元狩猟銃器店の主人、デパート外客廻り係長、歯科医師、畳屋の伜、電話のブローカー、石膏模型の技術家、児童用品の売込人、兎肉販売の勧誘員、証券商会をやったことのあった隠居――このほかにこの町の近くの何処かに棲んでいるに違いない劇場関係の芸人で、劇場がひまな時は、何か内職をするらしく、脂づいたような絹ものをぞろりと着て、青白い手で