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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

03 木曾の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页

青空文庫

くいつめ者

「へい。もうお近うございますよ」

と、南の空をふり仰いだ。

剣山がそびえている。

「ここから、もう何里ぐらい歩いたらいいの」

「さア、私もこんな奥へ来たのは初めてで、よく見当はつきませんが、川島郷から湯立船戸、ザッと四、五里も歩いたら、穴吹口へ着きましょうか」

「そこが、あの山の麓かね? ……。まだずいぶんあるらしいが、どこかに駕屋でもないかしら」

「へへへへ、お米様。いつまで大阪表にいる気じゃ困りますぜ。ここは阿波の国も吉野川のグンと奥、そんな物があって堪るものじゃございません」

くいつめ者

仲間づれの旅の女は、静かな大河に沿った道を、上へとって歩きだした。

豆の花が飛ぶかとばかりに、たくさんな蝶が舞っている。群蝶にくるまれて行くうしろ姿が、目を吸われるほど美しい。

「そんなことをいうけれど、お前……」

仲間風情へ話しかけるには、もったいない笑くぼをみせて、

「立派な乗物はないだろうが、山駕とかいうものぐらいはあるだろうに」

「そりゃ、ない訳はございますまい。第一、馬ならたしかにお間に合せ致します」

「人をばかにおしでない」

ちょっと睨むまねをして、

「在所のお嫁さんじゃあるまいし、誰が、馬へのるなんていったえ」