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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
03 木曾の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页
「あ、そこは、納屋番が夜寝る所じゃ、その廊下の奥がよい」
「どこも同じじゃございませんか。ほんとにひどい旅籠だこと……。ああ、この天井板のない屋根裏を見ていると、大阪表から来た時の、怖かッた船底が思いだされます」
「ばかな」
かれも、それをいわれることは、古傷にさわられるような気持がすると見えて、舌打ちをしながら、お米の側へ来て坐った。するとお米は、「あら……」と、後ろへ手をついて、
「血が……あなたの袖に、ま、耳のところへも、なまなましい血が……」と目をみはった。
いわれた所を撫で廻して、掌についた色を眺めながら、
「なんでもない」
「どうなすったのでございます」
「甲比丹の三次の血だよ、わしの身から流れた血ではない」
「え? ……あの三次を、殺したのでございますか」
「竹屋三位が矢をもって射殺したのだ。あの居候殿は、人を殺すのが好きで困る」と、かれは血におびえた心のうちで、三次の手下どもが、火薬一件や自分とお米のいきさつなどを、世間に流布せねばよいがと案じていた。
お米もまた、啓之助の頬へ、ベトリとつぶれた血糊のかたまりを見て、にわかに、胸がムカムカとしてきた。