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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

03 木曾の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页

青空文庫

「――折も折、渭の津のお城に、何ぞ不吉なことがなければいいが……」こう思う不快さに目をつぶった。啓之助ばかりでなく、変を知らせてきた山番たちも、伝説の禁断を破ったことが、何となくそらおそろしい様子で、必然、この結果がなくてはならぬように信じている。

強請にきた甲比丹の三次を、物蔭から一矢に射た時には、三位卿の殺人好みも悪くは思えなかったが、その放恣な矢を石牢の中へまで放ったのは、いくら大事な食客殿としても、少し殿の優遇に狎れすぎるきらいがある、と啓之助は、目付役という自分の職責の上から腹を立てた。

それを報告したら、さだめし太守も神経を突ッつかれるに相違ない。けれど下手に隠蔽しておいて後日に分るような場合には、自分の落度とならざるを得ないから、一刻も早く徳島城へ帰って、ありのままに上申し、向後あの居候殿の放縦も少し慎しむような方針をとるべく、上にも御意見しなければならぬ――と啓之助は、山番たちの前に息まいて、それぞれの指図を与え、納屋蔵の外へ追いやった。

そして自分は、前の陰湿な部屋へ戻っていった。そこには今し方、お米がとりみだしたすすり泣きや髪の匂いが、愛慾の感情にからみやすく漂っていたが、かれの頭脳は不意の事件で忘れたようになっていた。