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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

03 木曾の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页

青空文庫

外にいた客引の女が、それと知って、あわてて洗足水だらいをそこへすえると、帳場のわきに立って眼を丸くしていた主の善七、びっくりして店先へ飛んでくるなり、

「ばか!」と、女をどなりつけた。

「もうどの部屋もいッぱいで、御案内する座敷もないのに、なんでお断りしないのだ。気のきかないやつめ、ましてやお武家様方へ、しッ、失礼千万な」

叱られた女は、いったい、何がどうした叱言なのかわからないが、客商売の断るかけひきはままあるので、そのまま、口をつぐんでいる。

「どうも申し訳がございません」

善七は如才なく両手をついて、

「せっかくでございますが、上も下も、折悪しくふさがりまして、御用に足りますような座敷は一つもござりませぬ。まことに申しかねますが、どうぞほか様へひとつお越しのほどを」

三人は黙って顔を見合せたが、こう不自然な断り方をされてみると、一層、ここへ逃げこんだ男女がてッきりそれと思われるし、善七の方にしてみれば、そう疑ってくる三人組の侍が、ますます道中稼ぎの浪人者とみてとれる。

「そうか、座敷がないとあらば、無理に泊ろうとはいわぬが……」

と天堂一角、傷の片腕を胸に曲げ、熊谷笠のうちから亭主の面を睨みつけた。