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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
03 木曾の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页
その宿の男は、きのう、三人が会田屋の店に立った少し前に、駕を出て前の家に入った男女を見届けているということをいっているので、お十夜も一角も、すっかりこの男の見張りを信頼していた。
けれど、この男の見届けた事実に相違はなく、和田峠から追ってきた自分たちの眼が錯覚をおこしているのだとは、今にいたっても気がつかない。
遂にまたそれに惹かれて、一日を暮らしてしまった。そして、一角も周馬も寝しずまった真夜中である。お十夜はただひとり、緒のゆるい宿屋の下駄を突っかけて、屋根へ大きな石が幾つものせてある大湯の浴槽へつかりに出かけた。
どこもかしこも、昼のように明るく燈がつき放しになっているが、疲れたような空気がシーンと沈んでいる。孫兵衛は空を仰いで青い星を見た、どこの二階の障子にも影法師がない。
いつもかれのみは、こういう時刻を好んで湯にひたる習慣である。習慣というよりは努めているのだろう、とかく人に疑惑されている十夜頭巾を解くのに、ひとりの者が側にあってもならない。だが、今頃になれば大湯の中にも誰もおりはしまい。
もうもうと白い湯けむりをあげている板囲いの浴槽は、上ノ湯、中ノ湯と二棟に別れて長屋なりにつづいている。