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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
03 木曾の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页
「ただ髀肉の嘆にたえないのは、この場合にきて拙者の左腕だ」
「まだ思うように伸びないかな?」
「繃帯は取ったが、柄を自由に扱うことはむずかしい。戸田流の一本使いというような型はとるが、いざとなるとどこか気力の入らぬものでな」
「ま、おれが先手に斬って仆すから、しばらく形勢を眺めていてくれ」
と、孫兵衛にも、今夜は十二分な確信があるもののごとく、他の者とはやや離れて、七本松のうしろへジッと体をかがませていた。
一瞬のまに、そこは墓場ともない寂寞の地域に帰っていた。三々伍々に躍っていたあれだけの人数も、ひとり残らず姿を消してしまい、ガサと隠れ場所をそよがす者もない。そして、薄曇りした宵月の明りで、向うの草原にもがいているお綱と万吉だけが、視界の中に動いているものの影である。
その時、気がついてみると、いつのまにか、麓のほうからくる一節切の音が途切れていた。と思うと――こんどは不意に、前よりは数倍近い所に、呂々とした音が起こって、もうその人はやがて坂の中段を横に切って行く渓流の丸木橋までかかってきたかと思われる。
「あ! ……あれは山千禽! 山千禽……の曲」
松の根方にもがいていたお綱は、転々としながらこう叫んだ。