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かもめ
鴎
「知性」1940(昭和15)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,451 字 · 23 页
この水たまりを忘れずに置こう。
私は醜態の男である。なんの指針をも持っていない様子である。私は波の動くがままに、右にゆらり左にゆらり無力に漂う、あの、「群集」の中の一人に過ぎないのではなかろうか。そうして私はいま、なんだか、おそろしい速度の列車に乗せられているようだ。この列車は、どこに行くのか、私は知らない。まだ、教えられていないのだ。汽車は走る。轟々の音をたてて走る。イマハ山中、イマハ浜、イマハ鉄橋、ワタルゾト思ウ間モナクトンネルノ、闇ヲトオッテ広野ハラ、どんどん過ぎて、ああ、過ぎて行く。私は呆然と窓外の飛んで飛び去る風景を迎送している。指で窓ガラスに、人の横顔を落書して、やがて拭き消す。日が暮れて、車室の暗い豆電燈が、ぼっと灯る。私は配給のまずしい弁当をひらいて、ぼそぼそたべる。佃煮わびしく、それでも一粒もあますところ無くたべて、九銭のバットを吸う。夜がふけて、寝なければならぬ。私は、寝る。枕の下に、すさまじい車輪疾駆の叫喚。けれども、私は眠らなければならぬ。眼をつぶる。イマハ山中、イマハ浜、――童女があわれな声で、それを歌っているのが、車輪の怒号の奥底から聞えて来るのである。