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こうのすにょうぼう
鴻ノ巣女房
矢田 津世子
「文芸」1941(昭和16)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,884 字 · 24 页
「お前とこの赤髭コな、けさ、髭コの先さタロッペ(つらら)下げてきたど。」
そして「赤髭コ、赤髭コ、髭コのタロッペ塩辛ってな。」とはやしたて、雪の中をどこまでも追いかけてくるのだった。
夏になると校長先生の庭にはいろいろな花が咲いた。おいらん草だの百日草だの雛菊だのが咲き盛るのだった。校長先生は越中に腹巻といういでたちで、暇さえあれば草花の手入だった。コスモスの花時になると、子供等が垣根に背伸びして、よくとりにきた。先生自慢の輪の大きなコスモスだった。それが垣根のぐるりにゆさゆさ揺れていた。子供の頭がかくれてしまうほど背の高いコスモスだった。
父親の都合でぎんは校長先生の所から暇をもらい、酒屋の小女中にやられた。町に「ガラ八の内儀」という看護婦や女工や女中などの口入れを商売にしている寡婦がいた。十六の春、ぎんは近在の娘たちといっしょにこの「内儀」に連れられて大阪へ出た。紡績の女工になった。同じ町から出てきた友だちに誘われるまま一年半ばかりの後、レースの工場へかわった。そこで十二年あまり働いた。
大正の初め創業したこの工場は、当時輸入した二台の機械でどうやら覚束ない歩みをつづけてきたが、次第に活況を呈して、ぎんが退くころは工場の建て増しをしている最中だった。