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こうのすにょうぼう
鴻ノ巣女房
矢田 津世子
「文芸」1941(昭和16)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,884 字 · 24 页
輸入物の品不足で「あたりや」が小僧を廃し店を閉めるほどの不況に追い込まれた頃、一時ぎんも身の振りかたに迷ったことがあった。経師屋夫婦は、もっと割のいい奉公口を探してやろうと云うのだったが、ぎんは他へ住みかえる気がしなかった。ただ心にあったのは、もう一度、大阪の工場に帰ってみたいということだった。思案しぬいた揚句、ぎんは監督へあてて願いを出してみた。友だちが郷里に帰ってかたづいてしまった現在では、その古株の監督が唯一の知り合いであり、頼りであった。
機械へ向ける気持だけは、いつになっても変らなかった。針の間からゆるやかに流れ出てくる真っ白い大布の模様レースを思い出しただけで、無性に心が弾んだ。ぎんは、もう一度、針を扱いたいと希った。舌のさきで、ちょいちょいと糸を舐めてみたいと思った。指のはらで機械の埃りをはらい、眼を皿にして忙しく引き添い歩きたいと思った。レース機械へのこの執心は、ぎんのもっているただ一つの積極性であった。しかし、願いは入れられなかった。事変後、製品の統制で現在は機械の台数も以前より少くなっている。総レースを織り出す特製のほうは昨年から使用を停止していると、監督から懇切な報告があった。