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たそがれ

黄昏

宮本 百合子

「婦人画報」1922(大正11)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,500 字 · 29 页

青空文庫

四辺がひっそりしているせいか、先ず用向は済んだという寛(くつ)ろぎからか、母娘(おやこ)は、始めて、のうのうした気持になった。そして、一層親密に、姉の家庭の噂などしているうちに、のぶ子は突然、

「あのね、おっかさん、大阪の方から何か便りが来て?」

と訊ねた。

「大阪?」

おくめは、意外な面持をして、娘の顔を見ようとした。が、道は丁度大きな屋敷の樹下闇(このしたやみ)で、それと思われる輪廓が、仄白く浮立って見えるばかりである。

母親が何とも云い出さないうちに、のぶ子は、

「今、こっちなのよ」

と云い足した。

「先月から東京にいるんですって……」

このことを話すのに、のぶ子は一切相手の姓名を云わなかった。まして、「阿父(おとっ)さん」などという言葉はかりそめにも口に出さなかった。が、おくめには、勿論、すぐに先が誰であるか、推察がついた。昨今、大阪で暮しているということだけは、彼女も、去った良人の唯一の消息として伝聞きながら知っていた。けれども、一旦、縁を切ったからは、恥辱のように思って、彼女は、正確な住所さえ知ろうとはしなかった。便りをしようなどということは、夢にも思わずに、長い間、思い出ばかりを胸に蓄えて来たのである。