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たそがれ

黄昏

宮本 百合子

「婦人画報」1922(大正11)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,500 字 · 29 页

青空文庫

「どうしたの?」

「――阿母(おっか)さん、今夜はいそがしいの?」

「別にいそがしいってことはないけれども、丁度夕御飯にかかったところだからね。――でもいいじゃあないかお上りよ」

「ええ……奥様はいらっしゃるんでしょ?」

のぶ子は、そう云いながら中に入り、母親の鍋をあつかっているところとは一段低い流し元に立った。そして、

「あのね、実はね、阿母さん」

と、声を低め、伏目になって母の手許を見ながら云い始めた。

「麹町まで一寸一緒に来てお貰いしたいんだけれど……」

「麹町へ?」

おくめも、いつの間にか小声になって娘の近くに顔をよせた。

「何かあったのかい?」

「何ってこともないんですけれど――姉さんがね、こっちへ阿母さんが来ているのにちっとも顔出しもしないで、義兄(にい)さんに済まないって怒るんですもの」

「…………」

おくめの、久しく剃刀(かみそり)を当てない眉の辺(あたり)には、明に躊躇の色が漲った。麹町というのは、長女のふさ子の嫁入っているところであった。良人は内務省の小役人をしてい、家では内職かたがた薬局生を置いて薬種屋をしている。そこから、看護婦養成所にいるのぶ子は再々学資の補助を受けているのである。