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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

広場をわたりかえして、駅の前のパチンコ屋へ行く。

暑いので、押しあうほどには混んでいない。

はじけかえる金属の摩擦音と、気ぜわしいベルの音。うだるような暑気に耐えながら、玉受けの穴から機械的に玉を送りこんでいると、徴用されて、名古屋のボール・ベアリングの工場で玉を磨いていた、情けない夏の間の記憶が、指先によみがえってくる。

むこうの台で、漁師らしいのが、大きな声で話をしている。

「古女房の初っ子で、それが難産というんじゃ、おめえも楽じゃねえな」

「今夜の、潮いっぱいは、宵の五ツ半か」

時計を見あげているような、短い間があってから、長いため息がきこえた。

「あと三十分ってところが、ヤマだ。やりきれねえや」

鎌倉の漁師は、満潮のことを「潮いっぱい」という。月の引く潮のいきおいで、赤ん坊を産もうとしている女房がいる。満潮になれば、洞のなかで溺れてしまう青年がいる。

サト子は、時計を見あげた。

八時半。ぞっと鳥膚がたった。

「つかまるくらいなら、死んでしまう」と、あの青年は言った。

言葉のカザリのようではなかった。あんな深い目つきをしてみせる青年なら、言ったとおりのことをするのだろう。