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あなたもわたしも
あなたも私も
久生 十蘭
「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页
「叔母も帰ってきたし……そろそろ働きださなくては……」
東京では、秋のショウがはじまりかけ、そのほうの準備にかかっているはずなのに、サト子のところへは、誘いの電話ひとつかかって来ない。
サト子は、うらみがましい気持になって、ふむと鼻を鳴らした。
「あたしなんか、どうせ三流以下だけど」
ろくなアクセサリーひとつ、穿きかえの靴すら満足に持っていない、『百合組』といわれている四流クラスだから、シーズンのはじめから、口などかかってこようはずもないが、東京を離れていることが、やはりいけないらしい。いそがしいひとばかりなので、鎌倉にいる新人のモデルにまで、気をくばってはくれないのだ。
おちびさんの女中が、木戸から駆けこんできた。
「お客さまでございます」
「あたしのところへ、お客さまなんか、来るわけはないわ」
「でも、そうおっしゃいました……中村吉右衛門とおっしゃる方です……」
「中村吉右衛門?……コケシちゃん、あなた、聞きちがいじゃないの?」
「奥さまにお取次したら、お嬢さまのほうだったんです……それで、奥さまが、もし市役所の税務課のひとだったら、まだ帰らないと、おっしゃるようにって」