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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

五分ほども、ながめつくし、ため息をつきながら顔をあげた。まださめきらぬ、陶然たるサト子の目は、そのとき、澗の海で死んだ青年の顔を見たと思った……

「あら」

立衿に桜の徽章のある学習院大学の制服を着たよく似た顔が、四十五六の父親らしいひととふたりで、ケースをのぞきながらこっちへやってくる。

学帽の庇が影をおとす端正な顔は、凛々しいほどにひきしまっていて、あのときの青年のような卑しげなところや、追いつめられたけだもののような、みじめな感じはなかった。

「似ているけれど、ちがう顔だ」

父親らしいひとは、儀式ばった会合の帰りらしく、黒の上着に趣味のいい縞のズボンをはいている。どこかで見た顔だが、思いだせない。

ふたりのことは、それで、さらりと思い捨て、サト子は、また陶磁をながめだした。

「……」

陶碗のうえに人影がさし、声ならぬ声を聞いたと思った。

顔をあげてみると、息苦しいほどキチンと制服を着こんだ青年が、ケースをへだててサト子と向きあう位置にきていた。

「このあいだは……」

あのときの空巣の青年だった。

やはり、死んだのではなかった。月夜の海を泳いで、洞の奥へもぐりこんで行ったとき、呼びかけにもこたえず、落盤のむこうの砂場で、息を殺して隠れていたのだ。