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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

「ご用がおありになるんだったら、お強いはしませんが」

サト子は、あわてて笑顔をつくった。

「……あたし、荻窪の植木屋の離屋に、ひとりで住んでいますのよ。帰っても、きょうは、もう寝るだけ」

女たちが、はやしたてた。

「……とか、なんとか、言ってるわ」

「おやすみなさい、おねえさん」

秋川は、暖かい大きな手で、そっとサト子の腕にさわった。

「そういうことだったら、無理にもお誘いしますよ」

愛一郎の家へ行けば行ったで、うるさいことがはじまりそうだったが秋川の親切には逆らいかねた。

「おじゃま、しようかしら」

だしぬけに、愛一郎が額ぎわまで赤くなった。腹をたてているとも、恥じを忍んでいるともとれる、複雑な表情だった。

三人がティ・ルームを出ると、いちばん若いのがサト子を追ってきた。

「ねえ、ちょいと……」

秋川の親子は、なにげないふうに、出口のほうへ歩いて行った。

「水上さんのお嬢さんでしょ?」

その娘は、目をクリクリさせながら、はずんだような声で言った。

「お忘れ? あたし、大矢のシヅよッ」

飯島の土地っ子で、大矢という漁師の娘だった。サト子が澗の海で泳いでいたころ、砲台下の洞の奥へ連れて行ってくれたのは、この娘だった。