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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

サト子は、椅子から立ちながら、

「失礼しても、いいかしら?……愛一郎さんに、お話ししたいことがあるんです」

秋川は、湿っぽい声でこたえた。

「あなたさまは、おやさしくっていらっしゃる」

客間のつづきから庭へおりて、ガラスの囲いのある四阿の近くまで行くと、愛一郎がぼんやりと籐椅子に掛けているのが、茂りあったポインセチアの葉の間から見えた。

しゃれた鋳金の把手をまわして四阿のなかにはいると、愛一郎は、もの憂い目の色で、こちらへ振り返った。サト子は椅子に掛けながら、いきなりに切りだした。

「聞きたいことがあるのよ……泳いで行って、声をかけたとき、あなた、あのなかにいたんでしょう。なぜ、返事してくれなかったの?」

「ぼく、気が変になって、あそこで死ぬつもりだったんです」

そう言いながら、サト子の顔を見返した。びっくりするような美しい目の色だった。

「満潮になるのを待っているうちに、どんどん潮がひいて、夜があけるころには、いちばん低い岩まで出てしまいました」

サト子は、遠慮のない声で笑った。

「よかったわね」

「お礼をいいたいと思って、お寝間の窓の下に、しばらく立っていましたが……」