轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
あるニュー・フェイスへのてがみ
あるニュウ・フェイスへの手紙
岸田 国士
「演劇 第一巻第一号~第七号」1951(昭和26)年6月1日~12月1日、「演劇 第二巻第一号~第二号」1952(昭和27)年1月1日~2月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,146 字 · 96 页
それはもっと後になってからで遅くはないような気がします。
すべて基礎を造るということがおろそかにされている時代に、あまりにも基礎的な問題をとりあげるのは、一見、甚だ迂遠で、その効果がないように思われがちです。僕は、いちおうそういう風潮に逆ってみたいのです。
さて、「初舞台」の俳優にいきなり「流露感」を求めるのは求める方が無理ではないかという主旨の君の疑問は、ちょっと尤ものようで、その実、僕の言う「流露感」というものがまだよく呑みこめていない証拠のようですから、そのことをもっと詳しく、具体的に説明してみましょう。
演劇というものは、その本質からいって、なによりも、「時間の経過」が必要であり、また、それが韻律(リズム)となって、舞台の重要な美をつくり出しているものです。その点、演劇は、大きい分類に従えば、まさしく音楽などと同様、「時間芸術」以外の何ものでもありません。
従って、文学として書かれた戯曲も、そういう条件が十分考慮され、そういう特質と限界とが常に具わっています。しかし、その戯曲がいったん舞台にかけられると、演出者がそれを如何に演出し、俳優がそれを如何に肉体化するかによって、そこには、原作をひとりで読む時には浮ばない、眼と耳とに直接愬えるイメージが附け加えられるのは当然で、それこそが、むしろ、演劇芸術