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あるかいそうから
ある回想から
宮本 百合子
「日本評論」1946(昭和21)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,899 字 · 14 页
問題の解決を急いだ。文芸家協会として、まとまった有効な抗議もされなかった。日本の文化は、もうすでに文化を守る生活力を失っていたのであった。
一九三三年の春、プロレタリア文化団体が壊滅させられた後、ファシズムに抗する人民戦線の問題、文学における能動精神がフランスから紹介されたが、近代の市民生活の歴史をもたず、封建保守の傾きのつよい当時の日本の作家の雰囲気の中には、いつも、こうむる弾圧は、左翼だからという考えかたに支配された。自身の文学を、左翼から、できるだけ隔離すれば、少くともこっちは、そして自分なんかは安全だ、という誤った測定がされていた。作家の中で、執筆禁止について、発言し、なにかの意味で正しくふれた人々は、ごく少数であった。ましてや、温和なチェホフが、壮年のゴーリキイを除名したアカデミーにたいして、自分がアカデミシャンであることを恥じると抗議したような、温和にして剛毅な文学の精神は、日本の当時に存在しなかったのである。
十三年代に明瞭にあらわれた、この文化暴圧にたいする「こっちは」「自分なんかは」の考えかたが、窮極の現実において「こっち」の「純粋な文学性」