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うすゆきしょう
うすゆき抄
久生 十蘭
「オール讀物」1952(昭和27)年1月号~3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,454 字 · 59 页
これまでにまだ一度もそういう感情に遭遇したことがなかったので、たったこれだけのことがなぜ眠りをさまたげるのか、なぜこうまで心の平安を乱すのか、なにひとつ領会できなかったが、詮じつめたところは、当外れは当外れとして、なにがなんでも、もう一度あの青年に逢いたいということなのらしい。ともかくこんな気持になってしまった以上、いまひとたびの、などと几帳の蔭の歌枕のようなことを呟いていてもどうもなるものではない。そうならばそうのように、力一杯にやってみるだけのことだと、きっぱりとしたところへ思慮を落着けた。この日から行子は三層閣の部屋にいて、大炊介をひき寄せるための機略を練ることになるのだが、その前に戦国季世の女性とはどういうものだったか考えてみたい。
その頃、戦場を馳駆する兵隊は、兜だけかぶって下は素ッ裸なのや、鎧はあるが太刀も兜もないようなのがすべてで、それがまた風俗でもあり生活の様式でもあった。人間の行動を規律するうるさい加減の約束はなにひとつない。弱い奴なら打ち倒せ、欲しいものはひったくれ、邪魔な相手はうち殺すという簡単明瞭な時代で、好運は、すべて冒険と僥倖だけにかかっている。