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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

女房持ちだよ、と参太が答えた。嘘よ、独り身とおかみさんのある人とはすぐにわかるわ、あたし昨日からちゃんと見ていたの、顔を洗うとき、ごはんを喰べるとき、茶を飲むとき、それから寝るときもね、おかみさんのある人はやりっ放しだし、なんでも人にやらせようとするけれど、あんたは自分できちんとなんでもするし、手順もなめらかだわ、それは身のまわりのことを自分でする癖のついている証拠よ、と女が云った。参太は眠そうな声で、欠伸をしながら云い返した。自分のうちにいるときと旅とは誰だって違うだろう。女は茶道具を持ってこっちへ来、枕許へ置いて、自分は夜具の上へ坐って茶を淹れた。

「どうしてそんなにおかみさんのあるふりをするの」と女が云った、「――はい、お茶」

参太はだるそうに腹這いになり、女の手から湯呑を受取って、ゆっくりと茶を啜った。

「なにか女で懲りたことでもあるの」

「おだてるな」と参太が云った、「そんなにもてる柄じゃねえや」

「昔のことだけれど、あたし金さんって人を知ってたわ」と云いかけて、女は急にかぶりを振った、「ばかねえ、どうしてこんなことを云いだしたのかしら、――ねえ、お願いがあるのよ」