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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

二の四

口には出さず、心の中でそう云った。しんじつそう思っていたからである。おれは家主の喜平におさんのことを頼み、急な場合のために幾らか金も預けて、江戸を立った。すると、五十日と経たないうちに、喜平から来た手紙で、おさんが男をひき入れているということを知った。男は辰造であった。

二の四

「海が荒れてるのかしら」とおふさが云った、「あれ、波の音でしょ」

「酒がないんじゃないか」

「いまそう云ったところよ、あたしにもちょっと飲ませて」

「なんだ、すすめたときは首を振ったくせに」参太は燗徳利を振ってみてから、それをおふさに渡した、「自分でやってくれ」

「あら、薄情なのね」

「おれは酌がへたなんだ」

「そのお猪口でいただきたいわ」

「そっちにあるじゃないか」

「そのお猪口でいただきたいの」と云ってからおふさはいそいで指を一本立てた、「あ、大丈夫、あんたは女房持ち、わかってますよ」

参太は自分の盃をやった。そう海が近いとも思えないのに、波の音がかなり高く聞えて来た。まもなく、三十四五になるぶあいそな女中が、甘煮と酒を持ってあらわれた。箱根と違って、この大磯の宿は気温も高く、湯あがりの肌には浴衣一枚で充分だった。