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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

人の好いところは良人に似ていて、頼まれるといやと云うことができない。頼まれなくとも、人が困っているなとみると金や物を運んでやる。それに気づいたときの、父親の渋い顔を参太はよく覚えていた。

――二人はどういう縁で夫婦になったのか。

二人はお互いに満足していたのだろうか。参太はじっと思い返してみた。母は彼が十七のとしに死に、父親は二年おくれて死んだ。父のかけおちということはあったが、平生の生活は変化のないおちついたものであった。参太はいまでも忘れずにいるが、死ぬまえの年に、母は出入りの左官屋の女房と話していて、――たしか亭主が道楽ばかりして困る、と左官屋の女房が訴えていたのだと思う。それに対して母親はこう云ったものだ、――うちの人のように堅いばかりでも張合がない、あたしだってたまにはやきもちの一つもやいてみたいわ。左官屋の女房を慰めるつもりもあったろうが、十六歳になっていた参太には、母親の口ぶりに本心が含まれていることを知ってすっかり驚かされた。

「ちょうどいい夫婦だったのかもしれないな」参太はそう呟いた、「世間のたいていの夫婦が似たようなもので、似たりよったりの一生を送るんだろう、おさんとおれのような場合はごく稀なことに違いない」