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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

参太は二た呼吸ほど黙っていて、「人間のほうがよっぽど」と云いかけたまま、寝返りを打っておふさに背を向けた。

「ねえ」暫くしておふさが云った、「こっちへ向いて」

「一と眠りするんだ」

おふさは彼の背中へ抱きつき、全身をすりよせた。

「だってもう今日で別れるのよ」

「神奈川の宿で約束したろう、江戸にはかみさんがいる、今夜が最後だって」

「女房の待っている土地では浮気はできないって、そうよ、約束はしたわ」とおふさは囁いた、「もし本当におかみさんが待っているなら、ね」

参太はじっとしていた。

「あんたあたしのこと嫌いじゃないでしょ」

「いまなんて云った」

「あたしのこと嫌いじゃないでしょって」

「そのまえにだ」と参太は遮った、「――おまえなにか知ってるのか」

「だれ、あたし、――」おふさは彼の肩から顔をはなした、「知ってるってなにをよ」

「おれのかみさんのことだ、本当にかみさんが待っているならって、妙なことを云ったようだぜ」

「どこが妙なの、いやな人」おふさは含み笑いをした、「本当に待ってるかどうかって、そのくらいのこと訊いたっていいじゃないの、あたしあんたが好きなんだもの」