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おもかげ
おもかげ
宮本 百合子
「新潮」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页
実際にはもっと複雑ないくつかの面がその作家の死の動機になったのだが、その時分の朝子には、自分の境遇から特にその面がつよくうけとれたのであった。
芥川龍之介の葬式のとき、文学の仕事をしている朝子は、白い清らかな故人の柩のまわりに燦めきながら灯っているたくさんの蝋燭の綺麗な焔を見守って、総毛立ちながら、時々頬に涙をつたわらしていた。朝子はこの作家の才能は知っていたが、好きかときかれれば、肯定した返事は出来なかった。けれども、その死には、心をうつものがあった。精一杯がそこで挫折しているその姿でうつものがあった。二人の作家の二つの死をつなぐ四年の間に朝子は妻の境遇からぬけて、そのときは、いろんな題材でどうやら小説が楽に書けるということ、そしてそれなりに書いているということが果して芸術家としての存在を意味づけるに足ることなのだろうかという疑いを抱く心になっていたのであった。
三十五歳で命を絶ったこの作家の死は、それ故有島武郎の場合とはおのずから異った内容で朝子に衝撃を与えていた。保は高校生であった。いろいろの生活ではもとより芥川龍之介とまるきりちがうのだが、保の死の報告をうけて日が経つにつれ、朝子の心ではその二つがつながりをもつようになって来た。