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おもかげ

おもかげ

宮本 百合子

「新潮」1940(昭和15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页

青空文庫

青いメリヤスの運動シャツなんか無雑作に着て、かぶった帽子を片手で前のめりに押し出しながら何かしきりと論判していた青年が、急に嬉しそうに白い歯並を輝やかしながら笑い出す様子などを眺めていると、朝子は、肉体の青春というばかりでなくそこに見えている歴史の世代の青春のありようというものはどういうものだったろう、そう考えるといつしか朝子の心の奥が遠い広いところへ拡って、そこには、白い柩とそのまわりに燦いていた焔の色が現れ、無限の哀れを誘われると同時に、それが答えではない、と自身としての答えを執念くもとめている自分に心附くのであった。

朝子が電報をうけとって間もない或る朝、五十ばかりのダーシャという女中が部屋掃除に来て、箒を入口の壁に立てかけると、縞の前垂で手をふき、お悔み申しますよ、とその手を朝子にさし出した。

「弟さんでしたですねえ。大方学生さんでおいでたんでしょうね。こちらでも、もとは随分そういうことがあったもんでしたよ」

そう云ってダーシャは、鎮魂の祈りを誦え胸の上で十字を切った。ダーシャは字を知らない女であった。日曜の溌剌とした人波を見ていて、朝子はこのこともよく思い出した。