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かげろうのにっき
かげろうの日記
堀 辰雄
「改造」1937(昭和12)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,890 字 · 60 页
ぬものをと自分は信じていたのに、なんぞと考え続けていた。しかしいま、こうやってしみじみと思い返して見ると、その頃だって自分はちっとも気の緩むような心もちのした事なんぞはついぞ無かったようにも思われた。これと云うのも、一体、以前から自分の心が驕っていたのだろうかしらん。ああ、こんな事になるなんて自分は夢にも思わなかったものを。それほどまで私は大きな夢を持ちつづけていたのに。……
そんな雨がそのまま小止みなしに降りつづいているうちに、やがて灯ともし頃となった。南面には、この頃妹のところへお通いになって来られる御方がある。足音がするようだから、きっとその御方がおいでになったのだろう。私が「まあ、こんな雨だのによくいらっしゃるわね」と自分の沸き立つような心を抑えつけながら、独言のように言うと、私の前に坐っていた古女房が「昔の殿でしたら、これ以上の雨にだって、御いといなさらずにいらしったものですのに」とすこし泪ぐんで応えた。私はじっと無言のままでいたが、そのうちにふいと何か熱いものが頬を伝い出したのに気がついて、覚えず「思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける」