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かたきうちざっかん
かたき討雑感
岡本 綺堂
「歌舞伎 臨時増刊号」1925(大正14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,811 字 · 6 页
この頃、この『歌舞伎』の誌上で拝見すると、木村錦花氏は大いにこのかたき討について研究していられるらしい。どうか在来の単調を破るような新しい題材を発見されることを望むのである。
◇
わが国のかたき討なるものは、いつの代から始まったか判らないらしい。普通は曾我兄弟の仇討を以て記録にあらわれたる始めとしているようであるが、もしかの曾我兄弟を以てかたき討の元祖とするならば、寧ろ工藤祐経を以てその元祖としなければなるまい。工藤は親のかたきを討つつもりで、伊東祐親の父子を射させたのである。祐親を射損じて、せがれの祐安だけを射殺したというのが、そもそも曾我兄弟仇討の発端であるから、十郎五郎の兄弟よりも工藤の方が先手であるという理窟にもなる。
それからまた、文治五年九月に奥州の泰衡がほろびると、その翌年、すなわち建久元年の二月に、泰衡の遺臣大河次郎重任(あるいは兼任という)が兵を出羽に挙げた。その宣言に、むかしから子が親のかたきを討ったのはある、しかも家来が主君の仇を報いたのはない。そこで、おれが初めて主君のかたき討をするのであるといっている。勿論かれは奥州の田舎侍で、世間のことを何にも知らず、勝手の熱を吹いているのであるが、建久元年といえば曾我兄弟の復讎以前――曾我の復讎は建久四年――である。