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そのとし
その年
宮本 百合子
「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页
「わかるか? いずれ地図なんぞに出ておらんような山奥だろ」
広治は根気よく顔をすりつけて永い間見ていた。
「あるで、おっ母さん。ここだ、ここが○○で」
「あったか!」
お茂登は、そそくさと店へ来て帳場から埃だらけの老眼鏡をとりあげ、顎から先へ持って行った。
「どこで」
「ここだ、ほれ、○○と書いてある。北支だからここしかないで」
「ふーん」
その声にはかくせない落胆が響いた。地図というものを知らないわけではなかったが、瞬間何か色の見える覗き眼鏡にでも向うような弾んだ気になったので、ただマルだけがぽつんとついているその地点がお茂登を淋しくした。そこに源一がいるというのも、判ったようなまた不思議なことのようでもある。やがてお茂登は眼鏡をはずしながら、いくらかえがらっぽい艶のない声で、
「どれ、その手紙」
と広治に手を出した。
「失わんようにせんけりゃ」
翌る朝、ひきあけにお茂登は村の社へ行って縁の下の土を半紙に包んで来た。それを封じこんで源一へ返事を書いた。「同封の土はお社の土にて、これを肌身離さねばきっとかえれるそうですから、大事にして下さい」そして、船沢の娘もあれきりまだ片づきませんとも書いた。