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そのとし
その年
宮本 百合子
「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页
女車掌だけが地べたへ降りて、後部を見ながらオーライ・オーライと合図をしている。お茂登はそれを見ると急に遽しい気になって、洋傘を包みと一緒の手に持ちかえながら、半ばは角の店の横にかたまっている源一の方へふりかえりながら、高声で、
「この車が駅へ行くんだろうか、え?」
と訊いた。自分への質問と思いちがえた女車掌は、疲れたぞんざいさをかくそうとせず、
「お乗りはあっちから願います。停留場はあっちですから」
そのまま、階段に上って、オーライと、エンジンをふかせはじめた。お茂登は一層惶てて、その辺をきょろきょろした。すると、まだ角に佇んでいる三四人の中から、源一ではなく、お茂登の見知らない一人の兵隊が白い手袋をはめた手を夜目に動かして、
「小母さん、そっちですよ。その乾物屋の前が停留場です」
と、大きな声で教えてくれた。
お茂登は、そこへ行きつく間も不安そうに小走りして、やれ、やれ、と入口近く腰をおろした。お茂登は、当然源一も来て隣りにかけるものと思い、包みをちんまり膝の上にまとめて待った。ところが源一は来ないで彼女のすぐ後からは立派な剣を下げた将校が、見事な装をして東京弁をつかう中年の女二人づれで乗りこんで来た。