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「どうかんがえるか」について
「どう考えるか」に就て
宮本 百合子
「改造」1946(昭和21)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,397 字 · 9 页
尤も考えてみれば刑務所への手紙は幾重もの検閲を経るのであるから、はっきりしたことの書けるわけはなかったのに、思慮が足りなくて陳弁された。
原稿は、いずれ又のこととして事務上の片は簡単についた。しかし、わたしの心の内には沢山の疑問がのこされた。
そもそも「思想性」というものは、どういうものを指して呼ばれる名なのであろうか、と。
終戦後、世界に類のなかった日本の文化弾圧は一応終熄されて、俄に総てのことを云い、又書きしてよいことになった。雑誌の編輯者や出版者たちは、競って進歩的であり、民主的であらねばならないことになった。過去十数年に亙った政府の精神圧殺方針に対して堅い内部抵抗の力を保っていて、今日、将に、その重石がとれ、生新溌剌な圧力の高い迸りを見せている部分も、明らかに存在している。だがこの節の一般文化面を見わたしたとき、私たちの率直な感想は、どうだろうか。抑圧されていた日本文化の急進性はこんなにも豊富であったのか、と一夜に開いた花園の絢爛さに瞠目するよりは、むしろ、反対の印象があるように思える。例えば、余り体力の強壮でない中学の中級生たちが、急に広場に出されて、一定の高さにあげられた民主主義という鉄棒に向って、出来るだけ早くとびついて置かないとまずい、という工合になって、盛にピョンピョンやりはじめたよう