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どぶろくげんそう

どぶろく幻想

豊島 与志雄

「群像」1952(昭和27)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,452 字 · 21 页

青空文庫

千代乃はほんとに死んでいた。家から逃げ出すとたんに、追っかけられて捕っては危いと思いつめたものか、かねて所持していた毒薬を呑み下し、そして駆け出したが、あの焼跡のあたり、俺が彼女に逢ったあの辺で、もう毒が廻って苦悶し、雑草の中にぶっ倒れて、息が切れたのだ、と想像される。

早朝に発見されたその死体は、やがて解剖されたが、死因は毒薬以外には何もなかった。

「わたしが千代乃に逢ったのも、あの辺でした。」と周さんは言った。

「通りかかると、誰か、影のようにぼんやり立っている。それが千代乃です。一度は闇の中で、一度は霧の中でした。思いが残ったに違いありません。」

千代乃は周伍文によく尽してくれた。中国の戦争、次で太平洋の戦争、そのために周は東京での生活が次第に窮屈になり、横浜の知人の家に身をひそめたが、千代乃は横浜にまでついて来てくれた。料理屋の女中をしながら、陰に陽に周を庇護し、周も彼女を頼りにした。

「言ってみれば、千代乃のスカートの中に、着物の裾の中に、わたしは頭を突っ込んで、そしてそんな時、最も安らかに息が出来るのでした。」

戦後、東京の今の家に戻って来て、飲屋を始めてからも、千代乃は実によく働いてくれた。