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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
三
と彼は荒い息をつきながら呟いた、「もう少しで斬られるところだった、あいつがうしろにいようとは思わなかったからな、いつ追い越してしまったんだろう」
六兵衛は眼を細めた。仰向けになった彼の眼に、さし交わした松林の梢と、梢の高いかなたに、白い雲の浮いた青空が見えた。おれはとんまなやつだな、と六兵衛は思った。臆病なうえにまがぬけている、追いかけている人間を追い越したのも知らず、逆にうしろから相手に呼びとめられた。へ、いいざまだ。そんなふうに自分を罵倒していると、ふいに「荒神さま」のことを思いだした。
「そうか」と彼は眉をしかめた、「子供のときの話だったか」
幼いころ母から戒められたことがある。窓から外へ湯茶を捨てるものではない、家の周囲にはいつも荒神さまが見廻っているから、捨てた湯茶が荒神さまにかかるかもしれないし、そんなことになると罰が当る、というのであった。
三
荒神さまといえば、とにかく神であろう。神ならなにごともみとおしな筈であるのに、窓から捨てられる湯や茶がよけられず、ひっかけられてから怒って罰を当てる、というのはだらしのないはなしである。荒神さまが本当に、だらしのない神であるかどうかはわからないが、神でさえ、不意に投げ捨てられた湯茶を避けられないとすれば、人間である昂軒はなおさら避けることができないだろ