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ひとごろし

ひとごろし

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页

青空文庫

二

だがほかの者は同意を示さなかった。六兵衛が臆病者だという評は、家中に隠れもないことだし、仁藤昂軒の耳にもはいっているかもしれない。その臆病者が討手に来たと知ったら、はたして昂軒はどう思い、どういう行動に出るか。そう考えた一人が、急に膝を打ち、そこにいる人びとを眼で招いた。

二

「かね、いるか」六兵衛は帰宅するなり叫んだ、「来てくれ、旅支度だ」

兄の居間へはいって来た妹のかねは、大きななりをして帰るそうそう、めしの支度だなんてなにごとですか、と云った。

「めしではない旅支度だ」

いよいよそうか、とでも云いたげに、かねは冷たい眼で兄を見た。世間の嘲笑に耐えかねて、いよいよ退国する気になったのか、と思ったようである。

「そういそがなくともいいでしょう」とかねは云った、「片づけなければならない荷物だってあるし、それに」

「荷物なんぞいらない」六兵衛は妹の言葉を遮って云った、「肌着と下帯が二三あればいいんだ、いそいでくれ」

おちつかない手つきで袴をぬぎ、帯を解いている兄を見ながら、かねは心配そうに「なにかあったのか」ときいた。

「あったとも」と六兵衛が云った、「ながいあいだの汚名をすすぐときがきた、御上意の討手を仰せつけられたんだ」