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みちのく
みちのく
岡本 かの子
「雄弁」1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,136 字 · 13 页
現われて来る眼に見えぬ敵を想像して周章てはてた。
「お蘭さ、嫁に行っちゃいけねえ」
「そんなこと無理よ」
四郎は悲しい顔をして考え込んでいたが、もっともらしい大人の真似をして膝を打った。
「それええだ、おらお蘭さ嫁に貰うべえ」
お蘭は呆れた。けれどもこう答えた。
「四郎さが私をお嫁に貰ってくれるの。こりゃ偉いわねえ」
「おら貰うべえ」四郎は得意な顔つきをした。
「けれども四郎さ。あんたが私をお嫁に貰うには、もっと立派な賢い人にならないじゃ――ねえ、判って」
お蘭に取って、この言葉は一時凌ぎの気休めであり、また四郎への励ましに使ったものに過ぎないけれども、四郎は永く忘れなかった。彼の心は七八つの幼ないものだが年齢はもう十六七の青年に達していた。
夏はさ中にも近づいたが山の傾斜にさしかかって建て連らねられたF――町は南の山から風が北海に吹き抜けるので熱気の割合に涼しかった。果樹園や畑の見えるだらだら下りの裾野平の果に、小唄で名高いY――山の山裾が見え、夏霞がうっすり籠めている中に浪がきらりきらり光った。刈り取って乾してある熟麦の匂いがした。
それらが縁側から見える中座敷でお蘭は帷子の仕つけ糸を除っていた。