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わがちち

わが父

宮本 百合子

「中央公論」1936(昭和11)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,314 字 · 19 页

青空文庫

結局よかったわ。くれぐれよろしく、ね。お大事に、って、ね」

そのときは、もう私の調べがはじまりかけていた。後一ヵ月ほどで終りそうなことがわかった。そのことも父に言伝して、夜電燈が暗くて本の読めない刻限になると、私は様々な考えの間にさしはさんで、さて来年父の七十歳の誕生日にはどんな趣向でよろこばせたものかなどと頻りに考えた。また、もし父が退院する時分私の方でも生活の条件が変ったとしたら、父はさぞ私にも一緒に何処へか行けと、云うことであろう。例によって私は行きたいような心持であり、行きたくない心持でもあるそんなときの親密な父娘問答を想像し、つまりは妹でも一緒について行くことになるのだろう、と、考えは初めに戻って、七十の誕生日には、と私は思を描くのであった。

父はこの三四年来特に、私と一緒にいられる時は十分思いのこすところないだけ楽しく仲よく過すという心持になっていた。父と娘という互の心持から云えば考えることも出来ないような力が否応なく外から働きかけて来て、自由に会えなくなったりすることのあるのを私たちは一九三二年の春このかた知った。父独得の自然でこだわらない性格から、こういうことのさけがたさ、やむを得なさとを会得し、同時にそういうやむを得ない中断によっても変えることの出来ない父娘の愛情を極く自在な形でたのしむ