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わがまち

わが町

織田 作之助

「文藝 第十巻年十一号」改造社、1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,869 字 · 52 页

青空文庫

他吉は父兄席で見ていて、顔じゅう皺だらけの機嫌だった。けれど、ふと、

「あの娘はいつも人力車のうしろに随いて走ってるさかい、一等になるのん当りまえのこっちゃ。」

という囁きが耳にはいると、他吉はもう遠い想いに胸があつく、鉛筆の賞品を貰ってにこにこしている君枝をくしゃくしゃに揉んで、骨の音がするくらい抱きしめてやりたいくらいの愛しさにしびれた。

ところが、なんということか、君枝は間もなくきびしい他吉のいいつけで、日の丸湯の下足番に雇われた。学校から帰って宿題を済ませたあと、三助が湯殿を洗う時分まで、下足をとって、夕飯つきの月に一円三十銭。

そんな金にも困る他吉の暮しだろうかと、ひとびとの口は非難めいたが、けれど、他吉は夜おそく身をこごめて日の丸湯の暖簾をくぐる時、自身で草履をしまい、君枝が渡す下足札は押しいただいて受け取って、君枝の顔をまともによう見ず、君枝はひとびとが言うほど自分が祖父から辛く扱われているとは、思えなんだ。

下足番が辛いという気持は存外起らず、夜客の立てこむ時など、下足を間違えまいとして、泡を食うのもかえって張合いがあるように思い、おいでやすという声もはきはき出た。