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わがせいしんのしゅうい

わが精神の周囲

坂口 安吾

「群像 第四巻第一〇号」1949(昭和24)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,670 字 · 32 页

青空文庫

私は催眠薬をのんだ記憶もないのである。こういうことは、いまだに例のないことで、それから伊東へ出発する日の前夜まで、私の記憶が失われているのである。家族のものも語らない。私は酔っ払ったあげく、多量の粉末催眠薬をのんだのかも知れない。しかし私に自殺の意志など毛頭ある筈はないのである。むしろ、檀君と石神井部落を計画して以来、私は自分の生活の健康維持ということについて、いちじるしく希望を持つようになっていた。

このようなことが、なぜ起るか、ということについて、人はあるいはこれを鬱病というかも知れない。私は単純に不眠のせいだ、と答える以外に法がない。

伊東に来て以来、私は親しい友人たちの愛情にかこまれて、これ以上には、どう仕様もないほどの健康児童の生活を送り、一週間に四キロもふとっているのである。しかし、足りないことが、たゞ一つある。それは現在、仕事をしていないということである。私は東京を去るとき、二人の医師のはからざる出現に困惑し、意識の欠如に困惑し、たゞヤミクモに転地を急いで、仕事のことなどは念頭になく、ふだんの身なりに下駄を突ッかけて、人々にとりかこまれて、家をとびだして来たのであった。